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作家ゾラの言葉で、「沈黙は共犯」という言葉があったと記憶しているが、どの著作に記述があったか知りたい。(埼玉県立久喜図書館)

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ドレフュス事件に関してゾラが発行したパンフレット「フランスへの手紙」に該当の言葉があった。この著作の情報があるものとして、以下の資料を紹介した。 『ドレフュス事件とゾラ:抵抗のジャーナリズム』(稲葉三千男著 青木書店 1979)   p169-224 ドレフュス事件に関連するゾラの活動に関しての記述あり。  (「第7章 真理は前進している:ゾラの登場」)  (「第8章 わたしは糾弾する!」)  p203-205 1898年1月6日のパンフレット「フランスへの手紙」に関する記述と引用の中に、該当すると思われる記述あり。 「1897年が暮れて、新しい年がやってきた。(中略)同じ1月6日、ゾラは、2回目のパンフレット「フランスへの手紙」を発売した。「青年への手紙」と同じ基調の手紙である。 「(中略)私のただ一つの懸念は、真実の暴露が、完全に、ただちに行なわれないかもしれないということだけである。秘密裡の予審につづいて、非公開の審理があっても、終止符を打ったことになんかちっともならない。 むしろそのときにこそ、事件がはじまったというべきだろう。なぜなら、いまこそ発言しなければいけないし、沈黙は共犯を意味することになるからである。(後略)ゾラは、まさに事態の本質を見抜いていた。」 『ドレフュス事件とエミール・ゾラ:告発』(稲葉三千男著 創風社 1999)  p3-26〈『フランスへの手紙』〉の章に経緯および全文の訳あり。  p5「かなり長文のパンフレット『フランスへの手紙』を、おなじくパンフレットの形で前年12月14日に公刊した『青年への手紙』の続編として、精魂こめて執筆していたためかと推測できる。なお、『フランスへの手紙』の発売を、ゾラ自身は「1月6日」と記しているけれども、彼の記憶違いで(『書簡集 第9巻』132ページ注)、4日と5日で執筆、6日印刷、7日発売が正しいとされている。」  p7-22〈フランスへの手紙〉本文訳あり。  p22「ただちにピンからキリまでが明らかにされなかったら--これが私のただ一つの心配である。秘密の審査につづいて非公開の裁判が開かれたとして、なんの決着にもなりはしない。沈黙は共犯に等しいから、どしどし発言せねばならず、そのときには事件を再燃させるしかない。真の「歴史」が書かれることを禁止できると信じることほど、馬鹿げたことはない!この歴史はきっと書かれる。そこにかかわっている責任の度合いがどんなに小さいにもせよ、書かなかったなら、きっと罰せられる。」  p117-157『私は告発する』の発表経緯と本文あり。  p136「(略)彼があえてしたのですから、私もあえて申しましょう。真実を私は申します。規則に縛られているために裁判が、真実を隅から隅まですっかり明らかにしないというのなら、それを私がいうと約束したからです。語るのが私の義務です。私は共犯者になりたくありません。」 回答プロセス:ゾラやドレフュス事件に関する資料を確認した。 以下は記述なし。 『ドレフュス事件とエミール・ゾラ:1897年』(稲葉三千男著 創風社 1996)  p238-250『青年への手紙』の執筆経緯および全文の訳あり。本文の中に「沈黙は共犯」もしくはそれに類する表現なし。 参考資料:『ドレフュス事件とゾラ:抵抗のジャーナリズム』(稲葉三千男著 青木書店 1979), 参考資料:『ドレフュス事件とエミール・ゾラ:告発』(稲葉三千男著 創風社 1999),

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