『滋賀県百科事典』によりますと、所在地など城の歴史は「城跡のある城山は甲賀郡信楽町小川にあり、小川の町はずれの林道を約20分歩くと山頂につく。信楽の町なみが一望できる位置にある。地元では「東の城」「中の城」とよび、かねてから古城があるとつたえられていた。1974年(昭和49)、老人クラブが植林のため付近をほったところ城の土塁を発見、これがきっかけで78~79年(昭和53~54)にわたり発掘調査を実施した。その結果、鎌倉時代末に築城されたものでなく、天正年間(1573~91)に多羅尾氏が再興した城であることが判明した。(池内順一郎)」とあります。なお、甲賀郡信楽町小川は現在甲賀市信楽町小川になっています。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.122,
参考資料:
2 近江の山城ベスト50を歩く 中井均∥編 サンライズ出版 2006年 S-2900- 06,
参考資料:
3 図説中世城郭事典 第2巻 村田修三∥編 新人物往来社 1987年 S-5200- 87,
参考資料:
4 滋賀県中世城郭分布調査 2 甲賀の城 滋賀県教育委員会∥編 滋賀総合研究所∥編 滋賀県教育委員会 1984年 5B-5200-2,
参考資料:
5 小川城跡発掘調査報告書 1 信楽町教育委員会∥編 信楽町教育委員会 1978年 S-2237-1,
参考資料:
6 小川城跡発掘調査報告書 2 信楽町教育委員会∥編 信楽町教育委員会 1979年 S-2237-2,
参考資料:
7 滋賀県文化財調査年報 昭和49年度 滋賀県教育委員会∥編 滋賀県教育委員会 1976年 5-7000-74,
参考資料:
8 滋賀県文化財調査年報 昭和54・55・56年度 滋賀県教育委員会∥編集 滋賀県教育委員会 1983年 5-7000-79,
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