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近江にあった今堅田(いまかたた)城の所在地などのほか、その歴史を知りたい。(滋賀県立図書館)

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『日本城郭体系 11』によりますと、所在地は「大津市今堅田町」、創建者は「堀口掃部介貞祐」、形式は「水城」です。城の歴史は「今堅田城は、大津市の北部に位置する今堅田の湖岸沿いにあった。湖に少し突き出ているような形をとり、しかも三方を湖水に囲まれた要害の地であるが、城の遺構は明確ではない。現在出来島(でけじま)として存在している。ここに城を築いたといわれる堀口掃部介貞祐は、清和源氏の新田氏の一族で、父の貞満は新田義貞にしたがって武勇をたてた人物である。『太平記』によれば、貞祐は堅田に居住し、足利義詮の北国落ちの時、後陣にいた京極導誉の長子秀綱を討ち取ったという。その堀口氏はそののち今堅田に住み泉福寺歴代の住持職をつとめている。その後、浅井・朝倉軍が織田信長に相対するために、今堅田城に甲賀武士団の磯谷新右衛門を主将として守備させたが、明智光秀・丹羽長秀らに湖から攻撃をうけ落城した。このときの戦況をポルトガル宣教師ルイス・フロイスは、「坂本より二レグワ(二里)の堅田(今堅田)の城を攻めたり、同城は一向一宗徒に属し・・・・・・」と述べている。」とあります。なお、大津市今堅田町は現在大津市今堅田になっています。 参考資料: 1 日本城郭大系 11 新人物往来社 1980年 S-5200- 80 p.287-288, 参考資料: 2 滋賀県中世城郭分布調査報告 9 旧滋賀郡の城 滋賀県教育委員会∥編集 滋賀県教育委員会 1992年 5B-5200-9,

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