延暦寺は大津市坂本本町にあります。『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「804年(延暦23)に遺唐船で入唐(にっとう)をはたした最澄は、在唐1年ほどで帰朝するが、それに先立ち、日本へもちかえる経典類・仏具などを記した目録である。もとは天台山を中心とする目録と越州における目録の2種が作成されたが、惜しくも1571年(元亀2)の織田信長による延暦寺焼討ちで焼失し、現在は越州分がのこるだけである。最澄自身が筆をとり、巻頭に「日本国求法僧最澄目録」を記し、後に収集の仏典の名称と巻数を列記し、さらに法具などの点数が書かれている。ただし、各巻の紙数は後世の書き入れである。最後に805年(唐貞元21)5月13日付で明州刺史(明州の長官)にたいして証明を請い、最澄と義真、および侍者が署名する。これにたいして明州史鄭審則(ていしんそく)が誤りなきことを証し、署判をくわえており、最末尾には遺唐大使藤原葛野麿らの署名し、遣唐使印5顆を捺押している。(中略)在唐当時の伝教大師最澄の活動を知りうるだけではなく、最澄の書風・各官印・日中書道史をしめす貴重な史料である。国宝。(土井通弘)」とあります。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.80,
参考資料:
2 大津の文化財 大津市教育委員会∥編集 大津市教育委員会 1998年 SB-7011- 98,
参考資料:
3 近江文化財全集 上巻 近江史跡会∥編集 近江史跡会 1974年 SB-7000-1,
参考資料:
4 国宝大事典 3 書跡・典籍 講談社 1986年 R-7091-3,
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