『日本長期統計総覧』、『完結 昭和国勢総覧』に掲載されている「業種別貸出残高」。ならびに、参考にした文献として
「銀行離れと企業のパフォーマンス」、「銀行中心の金融システムは変化していくのか?」等を提供し、これらの資料から
は企業の“銀行離れ”を明確に示すデータは得られなかったことを伝える。
※ただし調査に使用した「業種別貸出残高」が、そもそもレファレンス依頼内容を満たす上で適切な資料であるかどうか
の確証は図書館側にもないので、再調査を依頼されるかもしれない。
回答プロセス:【調査依頼内容が漠然とした感じなのでインタヴューを実施】
・調査対象期間は?
→高度経済成長以降。
・企業は大企業のみ?
→取り敢えずは大企業のデータを探しているが、中小企業のデータもあれば欲しい。
・調査の背景を教えてもらえますか?
→日本の企業は高度経済成長を経て、社債等有価証券などの発行により内部資本の蓄積を実現してきた。その
結果として銀行からの借入に依存しない、いわゆる“銀行離れ”が促進された。
※恥ずかしながら知りませんでしたが“銀行離れ”という用語は頻繁に使われる用語だそうで…。
・調査としては、この“銀行離れ”を裏付けるデータを提供できればよいのだろう。
【調査方針】
おそらくは、求める数値は統計データで入手できるように思われる。しかし、どのような統計名で公開されているか全く
不明であるため、調査のための予備調査を行なう。と同時に、検索するためのキーワードも検討する。
【予備調査 その1】
そもそも高度経済成長とはいつからいつまでの期間を指すのか。
①ジャパンナレッジで“高度成長”と入力して検索すると幾つかヒットするが、その中から簡潔な説明を引用すると、
以下のよう説明がなされている。
「急激な経済成長。特に、昭和30年代から第一次石油危機が起こった48年にかけての日本経済をいう。」
典拠;デジタル大辞泉
【予備調査 その2】
①次に“銀行離れ”を取り敢えずGoogleで検索したところ、一橋大学の機関リポジトリから以下の文献がヒットした。
・Sui Qing-yuan「銀行離れと企業のパフォーマンス」CEI Working Paper Series, No. 2003-10
http://hdl.handle.net/10086/13891 (アクセス:2013年2月19日)
②この文献を斜め読みしたところ、調査に関連のありそうな情報が幾つかみつかった。その中から幾つか引用する。
・「1980 年代は、企業の直面する資金調達環境が不連続に変化していた時期である。その環境変化が顕著に現れ
たのは社債発行に関する規制緩和である。1980年代後半の急激な資産価格上昇や金融政策の緩和の影響もあっ
て、この時期の資本市場はしばしば「異常な取引の膨張」と表現される。この時期において、銀行借入を引き下げ
ると同時に積極的に資本市場にアクセスを行う企業が、とくに製造業大企業を中心に広く観察された」。(1頁より引用)
・「戦後から1980 年まで、日本の金融市場は、資金調達手段としてほとんど機能していなかったといってよい。株式、
社債などのメニューこそ、他の先進諸国と同じようにそろっていたが、企業の資金調達手段としては、一部の例外を
除き、まったく利用されていない。一般法人企業による無担保社債の発行は、終戦34 年後の1979年になってはじ
めて発行されたのである。その原因は、ほとんど規制によるものである。少なくとも1970 年代の後半まで一般法人
企業による起債は、起債基準や財務条項規制などによって制限された。しかし、そのような人為的制限は、1980年
代に入ってから、劇的に変わった。公社債引受協会(1996,pp.18-19.)によると、1984年から1990 年の間に、
普通社債の発行基準について5 回も緩和された。」(7頁より引用)
・バブル期において企業がどのぐらい社債発行したかではなく、同時に銀行離れしたかどうかはその後の経営に重要
な影響を及ぼした。1980 年代後半以降についても、銀行離れを積極的に行った企業ほどその後のパフォーマンス
が悪い。そういう意味で銀行のガバナンス機能が依然として有効であったといえよう。我々の発見は突き詰めれば、
結局日本型金融システムの有効性と深く関わる。
③仮に上記文献を使うとすると、企業の資金調達の方法としては、80年代まではいわゆる間接金融が主流ということ
になる。そうなると高度経済成長の頃も当然間接金融による資金調達がメインということになるだろうから、“銀行離れ”
と高度経済成長期とが、どのようにつながるのか不明である。
この辺は依頼者へ再度確認する必要がある。
④予備知識はこのくらいにして、該当するようなデータがあるかを調査することにする。
【調査プロセス】
①まずはあまり専門的な資料に当たらずに『日本の統計2008』(総理府統計局編)を手に取り目次を確認する。
②「第14章 金融・保険」のなかに、「14-4貸出先別貸出金(主要業種別)」というものが目に留まった。『日本の統計』
はWebでも公開されている。↓
http://www.stat.go.jp/data/nihon/zuhyou/14syo/n1400400.xls
但し、本学の『日本の統計』の所蔵状況は欠が多いため、その他の長期統計で「貸出先別貸出金」に類する資料
を探すことにする。
③NDLの<統計資料レファレンス・ガイド>から<長期統計書(総合) 特徴・収録分野対照表>を頼りに確認する。
・<長期統計書(総合) 特徴・収録分野対照表>
http://www.ndl.go.jp/jp/data/reference_guide/longterm.html
④『日本長期統計総覧』は1868(明治元)年から1980年代までのあらゆる分野の統計が網羅されており、尚且つ
Web版も公開されているので内容を確認すると、該当する資料が見つかった。
「14-18- a 貸出先別貸出金(主要業種別)国内銀行銀行勘定(昭和45年~平成17年)(エクセル:32KB) 」
http://www.stat.go.jp/data/chouki/zuhyou/14-18-a.xls
⑤Web版は『日本長期統計総覧』の新版に該当し、1970年(昭和45年)からのデータが公開されている。
それ以前のデータは旧版を確認すればよい。
しかし、新版と旧版とでは重なる年度でも微妙に合計金額が異なるところがある。
⑥『日本長期統計総覧』の他には、『完結 昭和国勢総覧』第三巻に、「12-25 全国銀行の業種別貸出残高」が
掲載されている。しかし、『日本長期統計総覧』とは微妙に合計金額が異なるところがある。
但し、『完結 昭和国勢総覧』の590頁以降の資料解説を読むと、調査対象ならびに方法の変遷が解説されており、
だいたい納得できる。今回、この資料解説の部分を始めて読んだが、疎かにできないないようである。
⑦さて、『日本長期統計総覧』にしても『完結 昭和国勢総覧』にしても、「業種別貸出残高」は年々増加する傾向
が見て取れる。また、予備調査で参考にした「銀行離れと企業のパフォーマンス」や「銀行中心の金融システム
は変化していくのか?」といった文献も企業の“銀行離れ”という考え方を疑問視する方向で議論を展開している。
⑧以上、参考にした文献、ならびに、各種統計データを依頼者に提供し、このデータが使えるか確認してもらう。
時間があれば銀行サイドから見たデータだけでなく、企業側から見たデータも探せればよかったのだが、回答
期限となってしまたっため、以上の内容をもって一旦回答とする。
更に調査が必要であれば対応する事とする。
参考資料:広田真一/池尾和人[1992]『企業の資本構成とメインバンク』現代日本の金融分析 第2章、
東京大学出版会、pp.39-71.,
参考資料:広田真一[1999]『銀行中心の金融システムは変化していくのか?インタビュー結果を中心に
した考察』早稲田商学 第383 号、pp.143-168.
http://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/4219/1/92990_383.pdf,
参考資料:Sui Qing-yuan「銀行離れと企業のパフォーマンス」CEI Working Paper Series, No. 2003-10
http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/13891/1/wp2003-10a.pdf,
参考資料:『戦後の日本経済』 (岩波新書)橋本寿朗著 岩波書店 , 1995.7,
参考資料:『昭和経済史』 (岩波現代文庫)中村隆英著 岩波書店 , 2007.5,
参考資料:『日本の統計2008』(総理府統計局編)
http://www.stat.go.jp/data/nihon/index.htm,
参考資料:<長期統計書(総合) 特徴・収録分野対照表> http://www.ndl.go.jp/jp/data/reference_guide/longterm.html,
参考資料:新版『日本長期統計総覧』日本統計協会 , 2006.3
http://www.stat.go.jp/data/chouki/index.htm,
参考資料:『完結 昭和国勢総覧』東洋経済新報社編 東洋経済新報社 , 1991,
参考資料:『金融経済と実物経済-日米の経済を中心に-』関西学院大学経済学部教授 平山 健二郎
http://www.heri.or.jp/hyokei/hyokei65/65nichibei.htm,
備考:今回のレファレンスでは“銀行離れ”というキーワードを聞き出せたことがポイントだったと考える。
知った振りをせずに、分からないことは分からないと質問者に伝えることも時には必要だと感じた。
この辺りのレファレンスインタヴューの重要性はJLA図書館実践シリーズ『実践型レファレンスサー
ビス入門』の中でSaitoモデルとして解説されているので以下に抜粋させていただく。
◆A(利用者の知りたい内容)=A’(質問として現れる内容)
ではありません。図書館員とのやりとりで表明されるのは、
A’です。
〔理由〕・考えていることが言葉ですべて表現しきれない。
・(図書館員であっても)初対面の人には、思ってい
ることを全部はしゃべらない。
・貸出カウンターやフロアだと、十分なやりとりが
できる雰囲気にない(と、感じる利用者もいる)。
・図書館員の対応がヘタだと、利用者は自己規制を
行う。
◆A'(質問として表れる内容)=A’’(図書館員の解釈内容)
とは限りません。
〔理由〕・双方の質問内容への認識程度、表現された言葉へ
の解釈が異なる(しばしば質問分野の主題知識は
利用者の方が高い。しかし探索技能や調達方法は
図書館員が熟知している)。だからこそ、協力協同
レファレンス(簡単に言えば、いっしょに書架に
出向くレファレンス)が重要なのです。
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