『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「彦根市古沢町大洞(おおほら)にある曹洞宗、永平寺派の寺。佐和山城をほろぼした井伊直政はこの地に封じられたが、1602年(慶長7)2月に没したのでこの地を墓所として法名の文字をとり、祥寿山清涼寺と称して開基とした。井伊家代々の墓所として彦根で没した人びとを葬る。歴代の住職は、徳川重臣の権勢で諸国より高僧を請じたので修業道場として名声がたかまり、彦根の清涼寺として有名となった。文化年間(1804~18)には第一禅堂にくわえて全国で唯一の百人詰の禅堂ができ、隆盛期には200余名の雲水が薪炭の修業をし、幾多の傑物をだしている。本尊は釈迦牟尼仏で、本堂は1708年(宝永5)の再建であり、庫裡のあたりは佐和山時代三成の名家老といわれた嶋左近の邸跡といわれている。(久保田弥一郎)」とあります。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.435,
参考資料:
2 図説近江古寺紀行 木村至宏∥著 河出書房新社 1995年 5-1800- 95,
参考資料:
3 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.274-275,
参考資料:
4 日本社寺大観 寺院篇 藤本 弘三郎∥編 名著刊行会 1970年 R-1859-フ,
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5 日本名刹大事典 圭室文雄∥編 雄山閣出版 1992年 R-1859-タ,
参考資料:
6 全国寺院大鑑 下巻 全国寺院大鑑編纂委員会∥編集 法蔵館 1991年 R-1850-セ,
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