『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「大津市京町3丁目にある。801年(延暦20)3月桓武天皇が大津旧都に行幸のさい、湖南鎮護の神として海神(海幸彦)に関係する彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)(山幸彦)を勧請したことに始まるといわれる。のち伊勢屋町にうつり文明年間(1469~87)現在地に遷座。その間、1193年(建久4)近江守護佐々木(六角)定綱が社殿を造営し神供田を寄進。永禄年中(1558~70)には寺門僧侶に社領を侵略されるが、1572年(元亀3)青地氏が再興し、さらに大津城の築造にさいし当社を守護神とするなど、豊臣秀吉・京極高次の保護をえた。祭神は、彦火々出見尊のほか国常立尊(くにとこたちのみこと)、大名牟遅命(おおなむちのみこと)、帯中津日子尊(おびなかつひこのみこと)の4神。ゆえに四宮と号したともいわれる(他に異談あり)。明治初年に現在の社名にあらためられる。(樋爪 修)」とあります。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.507-508,
参考資料:
2 滋賀県神社誌 滋賀県神社庁∥編 滋賀県神社誌編纂委員会 1987年 S-1700- 87 p.28,
参考資料:
3 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.334-335,
参考資料:
4 神社由緒記 三宅辨造∥編 滋賀縣内務部教育課 1921年 5-1700- 21,
参考資料:
5 社寺要覧 三宅辨造∥編 滋賀県 1923年 S-1600- 23,
参考資料:
6 日本社寺大観 神社篇 藤本 弘三郎∥編 名著刊行会 1970年 R-1759-フ,
参考資料:
7 神社辞典 白井 永二∥編 東京堂出版 1979年 R-1759-シ,
参考資料:
8 全国神社名鑑 下 三浦譲∥編 全国神社名鑑刊行会史学センタ- 1977年 RB-1703-ミ,
参考資料:
9 神社名鑑 神社本庁調査部 神社本庁 1963年 R-1759-シ,
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