『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「甲賀郡水口町名坂にある臨済宗妙心寺派の寺。山号は竜護山。(中略)寺伝では天平年間(729~749)この地方をおとずれた行基が、今も寺の周囲にある四つの大きなため池「心字の池」をつくり、そのほぼ中央に本堂をたてたという。「心字の池」はそれから千余年間、灌漑用水として周辺の水田をうるおしてきた。もと天台宗であったが、鎌倉時代に禅宗に転じ隆盛をほこったが1577年(天正5)、信長の焼打ちにかかり焼失、慶長年間(1596~1615)に再興した。庭園は、1633年(寛永10)小堀遠州が水口城築城奉行のとき、この庭をつくったとつたわる。禅寺にふさわしい江戸初期の庭園。本堂の床は四半敷きの瓦でめずらしい。中国の宋時代の建築様式をとりいれている。(後略)(池内順一郎)」とあります。なお、甲賀郡水口町名坂は甲賀市水口町名坂になっています。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.460,
参考資料:
2 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.297,
参考資料:
3 図説近江古寺紀行 木村至宏∥著 河出書房新社 1995年 5-1800- 95,
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4 全国寺院大鑑 下巻 全国寺院大鑑編纂委員会∥編集 法蔵館 1991年 R-1850-セ,
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5 日本名刹大事典 圭室文雄∥編 雄山閣出版 1992年 R-1859-タ,
参考資料:
6 日本社寺大観 寺院篇 藤本 弘三郎∥編 名著刊行会 1970年 R-1859-フ,
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