『滋賀近代文学事典』によりますと、読み方は「にしかわ・いさむ」で、略歴は「1927・3・26~。写真家。愛知郡秦荘町(現愛荘町)生まれ。秦川青年学校在学中に応召。戦後の1955年過ぎから独学で写真家を志し、近江の仏教文化の美をとらえるフリーのカメラマンとして活動。関西二科会会員。写真集に『近江 湖東三山』(78年10月、湖東三山会)、『近江の禅林 永源寺』(80年11月、近江文化社)、『比叡山千日回峰行 酒井雄哉師の足跡』(81年12月、講談社)、『滋賀の美 庭』(85年1月、京都新聞社)、『滋賀の美 仏 湖南・湖西』(87年3月、京都新聞社)、『伝教大師最澄』(87年5月、講談社)等がある。(外村彰)」とあります。
参考資料: 1 滋賀近代文学事典 日本近代文学会関西支部滋賀近代文学事典編集委員会∥編 和泉書院 2008年 S-9000- 08 p.258,
参考資料:
2 滋賀県人名鑑 滋賀県人名鑑編集部∥編 サンブライト出版 1982年 S-2800- 82,
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