『滋賀近代文学事典』によりますと、読み方は「おかぎ・しずか」で、略歴は「1915・3・28~2004・6・25。詩人。東浅井郡浅井町(現長浜市)生まれ。本名得静(とくじょう)。大谷大学専修科卒業後、浅井町の宗元寺住職となり県職員を勤める。のち大津市に転住。1932年4月~36年11月、武田豊らと「芦笛」(のち「白汀」)に参加。36年4月鈴木十良三(とらぞう)(寅蔵)他と近江新詩人クラブ(のち近江詩人クラブ)を結成し同年12月に『一九三六年刊選集』(近江新詩人倶楽部)、41年12月には『近江詩人』(みづうみ詩社)を編集刊行。この間「近江詩人」「詩研究」「樗林」、43年「滋賀詩壇」同人。47年7月、井上多喜三郎らと近江詩人協会(のち滋賀県詩人会)を結成し、「朱扇(しゅせん)」を発刊(~49年7月)。49年武田と長浜詩話会を発足。50年8月、田中克己ほかと近江詩人会の創立時の会員となった。一貫して誠実な眼差しから生活の実相をとらえる詩風。なお「湖国の詩脈-戦前の近代詩-」(「湖国と文化」81年7月~82年10月)は昭和初年から20年代の県詩壇の動向を記録する貴重な回顧録である。(外村彰)」とあります。
参考資料: 1 滋賀近代文学事典 日本近代文学会関西支部滋賀近代文学事典編集委員会∥編 和泉書院 2008年 S-9000- 08 p.81,
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