『滋賀近代文学事典』によりますと、読み方は「わたなべ・もりみち」で、略歴は「1925・12・5~。僧侶、仏教文学者、郷土史家。彦根市生まれ。本名守順(しゅじゅん)。1947年大正大学文学部国文学科卒業後、県立東大津高等学校教諭のほか、叡山学院教授(現名誉教授)、四天王寺国際仏教大学教授を歴任。八日市市(現東近江市八日市)清水の薬師寺(天台宗)住職。八日市、能登川、多賀、永源寺の町史編纂や仏教、文学、歴史、教育の分野で幅広く精力的に執筆活動を展開。47年から窪田章一郎主宰の歌誌「まひる野」に約20年間同人参加。54~56年、今井誉次郎、壺井栄ほか編『かんしんな子 えらい人』『えらい人のこどものころ』『こどもの力』(鶴書房)に、滋賀県での実話をもとにした小学生向けの生活童話を執筆。62年高等学校作文教育により実践国語賞受賞。郷土と文学に関わる著述では、比叡山を舞台とする古今の作品を解説した『文学散歩 比叡山』(63年5月、白川書院)や、64年から81年にかけて「ふるさと近江」に連載した「近江文学地理」(のち「近江文藝風土記」)、近江の歴史と地域の特性を史跡と文学で裏付ける『近江路・琵琶湖』(77年7月、白川書院)などがあり、69年9月「週刊読書人」連載の「文壇県別帖 滋賀県の巻」のほか、文学散歩的記事も多数。島崎藤村と滋賀の縁故も解明するなど、この領域の調査研究のパイオニア的役割を果たしてきた。著作は他に『カラー近江路若狭路』(70年4月、山と渓谷社)、『西国三十三所巡礼』(76年5月、白川書院)、『伝教大師最澄のこころと生涯』(77年11月、雄山閣出版)、『万葉集の時代』(78年12月、教育社)、『近江商人』(80年8月、教育社)、『京極道誉―バサラ大名の生涯』(89年5月、新人物往来社)、『説話文学の叡山仏教』(96年7月、和泉書院)、『比叡山延暦寺 世界文化遺産』(98年12月、吉川弘文館)等。(中略)86年には第3回ブルーレイク賞を受賞。(後略)(外村彰)」とあります。
参考資料: 1 滋賀近代文学事典 日本近代文学会関西支部滋賀近代文学事典編集委員会∥編 和泉書院 2008年 S-9000- 08 p.403-404,
参考資料:
2 滋賀県人物・人材情報リスト 2011 日外アソシエーツ∥編集 日外アソシエーツ 2011年 LB-2800-11,
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