山川水野氏は、2代忠善の時代に駿河田中へ転封となり、その後三河吉田、三河岡崎と封地が変わり、8代忠任(ただとう)の時に肥前唐津へ転封、11代忠邦の時には遠江浜松へ、そして12代忠精(ただきよ)にいたって出羽山形へ転封となり明治維新を迎えます。
詳しくは『結城市史 第5巻 近世通史編』p.127の第19表「山川水野氏の封地の変遷」を見てください。
回答プロセス:○『結城市史 第5巻 近世通史編』から探す
→p.127に第19表「山川水野氏の封地の変遷」あり。
【追記】2014/11/05
○『常陽藝文 2014年11月号』
→「天保の改革の水野忠邦が眠る土地」(結城市山川新宿)が特集されており,p.2に山川水野家転封先の一覧あり。
参考資料:結城市史編さん委員会 編 , 結城市. 結城市史 第6巻 (近現代通史編). 結城市, 1982.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001569643-00, (当館請求記号 K217-3-5)
参考資料:常陽芸文. 常陽芸文センター.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000040189-00, (当館請求記号 ZK/101)
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