調査の途中経過を伝える。
調査中
回答プロセス:【調査方針】
ちょっと厄介な質問。
簡単に調べられる場合と、なかなか調べがつかない場合との両極に分かれる類のものだろう。
出典として示された文春文庫の該当箇所を一部抜粋する(109頁)。
「『人間はその個性に合った事件に出逢うものだ』という意味のことをおっしゃったのは、たしか
小林秀雄という方と思う。さすがにうまいこをおっしゃるものだと感心をした。私は出逢った事件
が、個性というかその人間をつくり 上げてゆくものだと思っていたが、そうではないのである。
事件の方が、人間を選ぶのである。」
さて、この「人間はその個性に合った事件に出逢うものだ」という表現には見覚えがある。確か
ニーチェが『善悪の彼岸』の中で同じような表現をしてたように記憶している。また、最近読んだ
城山三郎の『人生の流儀』の中にも同じような表現があった。『人生の流儀』は城山三郎のさま
ざまな著作からの抜粋で構成されている、該当表現は『うまい話あり』の中にある。曰く、「人は、
その性格に合った事件にしか、出会わないという。」
調査方針としては、取り敢えず以下のようにしておく。
・ 小林秀雄がニーチェの言葉を引用していると前提した場合だが、小林秀雄がニーチェについ
て言及していそうな著作をブラウジングする。ニーチェの側から調査してみる
※但し、この調べ方は小林秀雄がニーチェの表現を引用しているという前提に立っているため、
見込みがなさそうな場合は早々に方向転換を図るようにする。
【調査プロセス】
①『善悪の彼岸』から該当の表現を探す。
おそらく、アフォリズムだろうから、『善悪の彼岸』の第四章「箴言と間奏曲」をまずはブラウジン
グする。
②予想通り、アフォリズムの70番に以下のように記されていた。
「性格をもっている人間は、くりかえし訪れる自らの典型的な体験をもつ」
③方針①の手順に従い、小林秀雄の著作の中からニーチェの言葉を引用していそうな著作を絞
り込んでブラウジングする。
④さて、ニーチェ全集は数種類が出ているが、白水社版には別巻として『日本人のニーチェ研究
譜』がある。これを見ると以下のように記述されていた。
180小林秀雄著『真贋』昭和26.4 新潮社 四六版 二三四頁
<内容>「ニーチェ雑感」pp.175~194
<参考>初出『新潮』昭和25・10
のち『ニーチェ研究』(昭和27・8 社会思想研究会出版部)
『小林秀雄全集』8(昭30・9 新潮社)
『現代日本文学全集』42(昭31・2 筑摩書房)
―以下略―
182小林秀雄等著『倫理の探求』<創元者学生シリーズ>
昭和26・5 創元社 B六判 一九二頁
<内容><第二部 先人は如何に倫理を研究してきたか>「ニーチェの倫理思想」芳賀檀
pp.144~149
⑤『現代日本文学全集』に収録されている「ニーチェ雑感」を斜め読みしたが見つからず。
『倫理の探求』<創元者学生シリーズ>は所蔵なし。
⑥以上、ニーチェからの調査では行き詰ってしまった。小林秀雄は膨大な著作を残しており、
その中から調査対象の表現を探し出すことは至難の業だろう。また、ニーチェの言葉を借りて
いるという前提も怪しいものになってきた。仮に借りてきたものであったとしても、小林秀雄の
中で自らの言葉となり思想となり使われたということも十分考えられるので、小林秀雄の数ある
著作をある程度限定して調べるということではだめかもしれない。
継続調査とする。
備考:■なお今回の調査で、当館では文春文庫版の『父の詫び状』を所蔵していないことが判明した。
また、『父の詫び状』をOPACで検索すると、角川書店の女性作家シリーズ としてシリーズ11巻
に収録されていることがわかるが、『父の詫び状』は抄録としての掲載であるため、肝心の「お軽
勘平」は割愛されていることが分かった。
■向田邦子といえば、何といっても実践女子大学の向田邦子文庫が有名
向田邦子文庫データベース
http://chh.sisos.co.jp/cgi-bin/openhh/jsearch.cgi?group=mukoda
向田邦子のポートレートが印象的
試しに、自立語索引で“小林秀雄”と入れて検索してみると、「お軽勘平」がヒットした。
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