『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「伊香郡木之本町木之本、街の山手大洞(おおほら)山の麓に所在。主祭神は建速須佐之男命。草創は白鳳期とつたえらえる。この地は古来北国往還の要衝にあり、往時は隣村田部地先街道に鳥居ありとつたわっている。1183年(寿永2)木曽義仲が北国より上京のおり、神宮寺に宿陣。1351年(観応2)足利尊氏八相山戦のとき桃井若狭守が戦勝を祈願。京極氏家臣井口氏は1373年(応安6)大般若経を寄進するなど豪族の奉献も多く、1601年(慶長6)豊臣秀頼が地蔵堂(浄信寺)とともに再建。1873年(明治6)王布良天王と称したのを意冨布良とあらため。後に県社となる。神紋は左巴。文化財に神像、釣灯籠、獅子頭などがある。(今井清右エ門)」とあります。なお、伊香郡木之本町木之本は現在長浜市木之本町木之本になっています。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.118,
参考資料:
2 式内社の研究 第7巻 志賀剛∥著 雄山閣 1984年 S-1700- 84,
参考資料:
3 式内社調査報告 12 式内社研究会∥編 皇学館大学出版部 1981年 S-1700- 81,
参考資料:
4 神社由緒記 三宅辨造∥編 滋賀縣内務部教育課 1921年 5-1700- 21,
参考資料:
5 神社名鑑 神社本庁調査部 神社本庁 1963年 R-1759-シ,
参考資料:
6 全国神社名鑑 下 三浦譲∥編 全国神社名鑑刊行会史学センタ- 1977年 RB-1703-ミ,
参考資料:
7 滋賀県神社誌 滋賀県神社庁∥編 滋賀県神社誌編纂委員会 1987年 S-1700- 87 p.546,
参考資料:
8 近江・若狭・越前寺院神社大事典 平凡社∥編集 平凡社 1997年 S-1600- 97 p.120,
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