『滋賀県百科事典』によりますと、概要は「坂田郡山東町朝日にある天台宗の寺院。山号は伊富貴山、通称大原観音寺といわれ、本尊は行基作を伝える千手観音である。もと同郡伊吹町弥高において僧三修が771~81年(宝亀年間)ころからひらいた伊吹山四大寺の筆頭の寺院。1347年(正平2・貞和3)現在地に移転。法相宗を天台宗にあらためたのが1383年(弘和3・永徳3)とつたえている。本尊の千手観音は伊吹山の霊木をきざみ、移転後、佐々木氏の一族大原氏によって七堂伽藍が整備され、23坊が寺観をささえていたが、織田信長が湖北に進入したとき放火全焼した。のち羽柴秀吉が長浜城主になったとき再興。本堂8間四方25院があったという。石田三成が少年のころ秀吉に茶をさしだし才能をみとめられたのはこの寺でのことといわれる。秀吉以前も代々の領主の信仰あつく田地の寄付、堂塔の建立などが行われ寺宝には伝教大師像(重要文化財)ほか仏像3体、多数の古文書がある。近江順礼第12番の礼所。(籔田藤太郎)」とあります。なお、坂田郡山東町朝日は現在米原市朝日に、伊吹町弥高も同市弥高になっています。
参考資料: 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.184,
参考資料:
2 図説近江古寺紀行 木村至宏∥著 河出書房新社 1995年 5-1800- 95,
参考資料:
3 近江・若狭 小学館 1991年 S-1800- 91,
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