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光格天皇第五皇女倫宮永潤女王(大聖寺門跡)と第七皇女蓁子内親王 (宝鏡寺門跡)について、髪置の儀、深曽木の儀をおこなったのはいつか? また、疱瘡にかかったのはいつか?(香川県立図書館)

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次の資料が参考になると思われる。 (1)群書類従 第5集 系譜部 塙保己一/編纂 続群書類従完成会 1987.5(0810/ H1/ 5-5 書庫)   ※系譜部 巻第六十「本朝皇胤紹運録」の中に次の2点の情報あり。     p.127「大聖寺 皇女」の項に「倫宮(ツネ)」あり。疱瘡に関する記述なし。        ・文政4年11月24日 置髪        ・文政9年12月23日 深曾木     p.128「蓁子(モリコ)内親王」の項あり。疱瘡に関する記述なし。        ・文政7年12月14日 置髪        ・文政13年3月26日 深曾木 (2)(雑誌)京都 668号(2007/3/1) 特集:尼門跡の雛と人形    ※p.12-13「宝鏡寺門跡(ほうきょうじもんぜき)~人形に願いを託す、皇女を想う親の愛」に次の記述あり。     「・・・中でも注目されるのは、第24代門跡の三麼(さんま)地院宮霊厳理欽尼が、      父である光格天皇より拝領した直衣雛二組と狩衣雛一組の有職雛。・・・」     「・・・また、有職雛とともに見どころなのが猩々(しょうじょう)人形。・・・猩々はまた、達磨やミミズクと共に疱瘡神とされていた。      理欽尼が10歳の時疱瘡に罹り、その際に人形40箱、菓子10箱など多数の見舞い品が届けられたという記録が残っているが、      その中で唯一現存し、贈り主がわかっているのがこの人形である。光格天皇が、娘の病気平癒を祈願して贈ったものと伝わり、      天皇と皇后の娘に対する深い愛情をうかがい知ることができる。・・・」     p.30「大聖寺門跡(だいしょうじもんぜき)」に次の記述あり。     「・・・正親町天皇皇女入寺の時、比丘尼御所第一位となり、光格天皇皇女永潤尼(宝鏡寺門跡理欽尼の姉宮)に至るまで、      歴代皇女が相次いで入寺。・・・」 なお、次の資料にも関連記事が含まれるが、 直接参考になる記述は見当たらなかった。 ・皇族寺院変革史 天台宗妙法院門跡の歴史 村山修一/著 塙書房 2000.10    ※p.149に次の記述があるが、置髪、深曾木、疱瘡に関する情報なし。        「・・・光格は法親王十三人、皇女二人が猶子で実子は宝鏡寺の理欽霊巌(蓁子内親王)一人。結局実子で門跡寺院へ入った皇族は中御門以後全くなし。但し光格皇女蓁子内親王は一たん宝鏡寺へ入ったものの還俗して新清和院と称した。」 ・歴史のなかの皇女たち 服藤早苗/編著 小学館 2002.12 288.44   ※巻末「皇女一覧表」に次の2人が含まれるが、置髪、深曾木、疱瘡に関する情報なし。     ・p.254に「倫宮」、「蓁子(モリコ)内親王」    また、巻末「尼門跡表」の「大聖寺」「宝鏡寺」の各表に次の2人が含まれるが、置髪、深曾木、疱瘡に関する情報なし。     ・p.270-271「大聖寺」             「倫宮」      p.272-273「宝鏡寺」             「蓁子内親王」 回答プロセス:「本朝皇胤紹運録」は次の方法で見つけた。 ・googleを「蓁子」「倫宮」等で検索すると、  いくつか「後宮一覧」のようなページがあり、該当箇所らしいものがあるが、出典がはっきりしない。 ・次に「後宮一覧」等で検索すると、次の図書を見つけた。   ・常用源氏物語要覧(9133/N15/5)     ※p.34-40「19 歴代後宮一覧」 ・この「19 歴代後宮一覧」に該当はなかったが、このリストの出典に「本朝皇胤紹運録」が含まれていた。 (関連資料) (1)疱瘡や猩々について ・病いの克服 日本痘瘡史 川村純一/著 思文閣出版 1999.5 493.87   ※p.299「・猩々 : 滋賀県草津の紙製の猩々も昔から痘瘡病者の見舞いに贈られ、病が治れば川に流された。これは恐らく、猩々(中国の想像上の怪獣、人に似て体は狗の如し)の朱紅色の長い毛を疱瘡神が嫌うためとされている。」 ・疱瘡神 江戸時代の病いをめぐる民間信仰の研究 ハルトムート・オ・ローテルムンド/著 岩波書店 1995.3 387   ※p.62「新撰呪詛調法記大全(しんせんまじないちょうほうきたいぜん)」(天保十三年 1842)に疱瘡をかるくするまじないに猩々を使う記述あり。 ・江戸の流行り病 麻疹騒動はなぜ起こったのか 歴史文化ライブラリー 鈴木則子/著 吉川弘文館 2012.4 493.87   ※p.106「図8 疱瘡絵「鎮西八郎と疱瘡神」」あり。 また、未所蔵だが次の情報を確認 ・疱瘡と猩猩人形に関する一考察 宝鏡寺門跡の事例を中心として 田中 正流  人形玩具研究 : かたち・あそび : 日本人形玩具学会会誌 / 日本人形玩具学会誌編集委員会 編., 15 2004 (2)その他 ・史料纂集 古記録編 111 通兄公記 第5 続群書類従完成会 1998.2 210.088   ※p.190 通兄公記 第5 元文5年9月26日に「倫宮」、「大聖寺」という語があるが、「中御門院皇女」で該当のものではない。    この情報はGoogleブックス「通兄公記 第5巻」で見つけた。    なお、この「倫宮」についての記事は次の資料に含まれている。     ・群書類従 第5集 系譜部 塙保己一/編纂 続群書類従完成会 1987.5(0810/ H1/ 5-5 書庫)        ※系譜部 巻第六十「本朝皇胤紹運録」中のp.117下段「大聖寺 皇女」 (3)未所蔵だが次の情報を確認 ・「天皇・皇族実録 光格天皇実録」Google ブックス http://books.google.co.jp/books?id=I7BGAAAAMAAJ&q=%22%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%83%BB%E7%9A%87%E6%97%8F%E5%AE%9F%E9%8C%B2%22%E3%80%80%22%E5%85%89%E6%A0%BC%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%AE%9F%E9%8C%B2%22&dq=%22%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%83%BB%E7%9A%87%E6%97%8F%E5%AE%9F%E9%8C%B2%22%E3%80%80%22%E5%85%89%E6%A0%BC%E5%A4%A9%E7%9A%87%E5%AE%9F%E9%8C%B2%22&hl=ja&sa=X&ei=xSQLUaGAGseSkwWonoGQDA&ved=0CDIQ6AEwAA ・『天皇・皇族実録』の成立過程 http://ksurep.kyoto-su.ac.jp/dspace/bitstream/10965/554/1/SLR_40_1_32.pdf 産大法学 40巻1号(2006. 7) (4)未所蔵だが、京都府立図書館に次の情報を確認 ・宝鏡寺の御人形たち 宝鏡寺門跡/[編] 宝鏡寺門跡 2007.9 759 ・尼門跡寺院大聖寺・宝鏡寺・霊鑑寺古文書目録 京都府教育委員会/編 京都府教育委員会 1984.3 (5)次の資料に関連情報なし。  ・ひな人形 斎藤良輔/著 法政大学出版局 1975 385.8  ・日本人形のあゆみ 西沢形一/著 芸艸堂 1986.3 759.021  ・京雛 面屋庄三/著 淡交社 1982.2 759.9  ・京人形 面屋庄三/著 淡交社 1976.4 759 参考資料:・群書類従 第5集 系譜部 塙保己一/編纂 続群書類従完成会 1987.5   ※系譜部 巻第六十「本朝皇胤紹運録」, (0810/ H1/ 5-5 書庫) 参考資料:・皇族寺院変革史 天台宗妙法院門跡の歴史 村山修一/著 塙書房 2000.10, 参考資料:・歴史のなかの皇女たち 服藤早苗/編著 小学館 2002.12 288.44, 参考資料:・史料纂集 古記録編 111 通兄公記 第5 続群書類従完成会 1998.2 210.088, 参考資料:・常用源氏物語要覧, (9133/N15/5)

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