『日本城郭体系 11』によりますと、所在地は「東浅井郡湖北町山本」、別称は「山本城・阿閉城」、創築年代は「平安時代末期」、創建者は「山本氏」、形式は「山城」です。城の歴史は「(前略)山本山城が初見するのは、治承四年(一一八〇)十二月で、(中略)山本義経の本拠を平知盛・資盛が攻撃したことが知られる。その後、京極氏の被官であった阿閉(あつじ)氏が入ってその本拠とした。一時、尾上城の浅見対馬守が浅井亮政に対抗して籠城したことがあった。織田信長の浅井長政の居城小谷城攻撃に際しては、小谷城の支城の地位にあったようで、『信長公記』には元亀三年(一五七二)、阿閉淡路守楯籠る居城山本山へ木下藤吉郎差遣はされ麓を放火候」云々とあり、翌年八月には淡路守(貞征(さだゆき))は織田方となったとある。山崎合戦後、明智方となったが城を逃れて滅亡となり城は廃された。山頂には本丸跡などが残る。」とあります。なお、東浅井郡湖北町山本は現在長浜市湖北町山本になっています。
参考資料: 1 日本城郭大系 11 新人物往来社 1980年 S-5200- 80 p.233-234,
参考資料:
2 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.741,
参考資料:
3 近江城郭探訪 滋賀県教育委員会∥編 滋賀県文化財保護協会 2006年 S-2900- 06,
参考資料:
4 滋賀県中世城郭分布調査 7 伊香郡・東浅井郡の城 滋賀県教育委員会∥編集 滋賀県教育委員会 1990年 5B-5200-7,
参考資料:
5 近江の山城ベスト50を歩く 中井均∥編 サンライズ出版 2006年 S-2900- 06,
参考資料:
6 東浅井郡志 巻2 黒田惟信∥編 日本資料刊行会 1975年 5-2160-2,
参考資料:
7 信長公記 太田牛一∥原著 近藤瓶城∥編 佐藤書房 1972年 S-2800- 72,
参考資料:
8 近江輿地志略 全 寒川辰清∥著 宇野健一∥改訂校註 弘文堂書店 1976年 S-2900-734,
参考資料:
9 近江山本城 吉田勝∥著 日本古城友の会 1981年 5-5268- 81,
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