『地名の変化にみる、いわきの近代化』(いわき総合図書館2010)のP216「コラム⑤ いわき(「石城」「岩城」「磐城」)の表記」に詳しい記述がありました。
これによると、時代によってさまざまな表記がされたようで、古代には「石城」、中世になると「岩城」に。当時は岩城氏が治めていましたが、関ヶ原合戦において徳川方につかなかったため領地を没収されます。そのため、江戸時代には「岩城」の表記は避けられるようになり、代わって「磐城」の表記が使われることになったようです。しかし、この表記もその時々で揺れ動き、明治時代には再び「石城郡」と表記されたり、昭和時代には「磐城市」(現在のいわき市小名浜)と使われたりしています。詳細については、『地名の変化にみる、いわきの近代化』をご覧ください。
参考資料:【資料①】『地名の変化にみる、いわきの近代化』[K/291/チ・1111966469],
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