田代平説(七時雨山麓、西岳山麓としているものを含む)を挙げている下記資料を紹介。
『北上川』
⇒p19~21「北上川のみなもと」
朽木川との合流点からさらに北上すると、吉谷地付近より次第に西方へ向きが変わり、吉谷地開拓を経て西岳の南東山腹の海抜五二二mあたりで分水嶺に達し、谷地形は完全に消滅する。(中略)この地点こそが北上川のみなもとである。
『北上川散歩 日高見国を訪ねて』
⇒p135「田代平」
北上川の源流をもとめて遡ると田代平に来てしまった。(中略)川の源流は北上川の場合には最も北で、一番長い流れの川をあてはめるとこれが紛れもなく北上川の源流ということになる。
『北上川物語』
⇒p23~26「弓弭(ゆはず)の泉」のメモ欄
北上川の源流については諸説ある(中略)源泉として通説になっているのは弓弭の泉がある御堂地区であるが、地図で見るとさらに北の、西岳南麓へも川を示す水線が伸びている。
『日本の秘境』
⇒p45~50「七時雨山と田代平」
七時雨山がその水源地であることがわかった。
『七時雨の風』
⇒p42「わが心の内なる七時雨山」の「源流を求めて」の項
この七時雨山麓を北上川の源流とにらんで、何度か探索した。国土地理院がすでに、北上川源流を、岩手町の御堂観音の泉と定めているにもかかわらず、ここをもう一つの源流としてこだわりたいのは、ここが岩手の母なる川の源流として、ふさわしい気に満ちているからである。
回答プロセス:・当館所蔵の北上川、七時雨山に関する資料を調査。
参考資料:『北上川』アイビーシー開発センター∥編 岩手放送∥出版 1995年, (http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I036185009-00)
参考資料:『北上川散歩 日高見国を訪ねて』鈴木 文男∥編著 あづま書房∥出版 1991年, (http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002245551-00)
参考資料:『北上川物語』三陸河北新報社∥編 河北新報社∥出版 2000年, 4873411505(http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I012013160-00)
参考資料:『日本の秘境』柞木田 竜善∥著 読売新聞社∥出版 1968年, (http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001109913-00)
参考資料:『七時雨の風』七時雨の自然と語らう会∥編 白山書房∥出版 1994年, 4938492628(http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002338985-00)
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