確かに『俳諧一葉集』には「祖翁(松尾芭蕉:1644-94)の口訣(文書に記さず口で言い伝える秘伝、口伝。)」として記されています。しかし遺語之部「祖翁口訣」の内容自体は、『雪の薄』(眠浪編。1777刊)という俳諧書に「麦浪よりの聞書き」として掲載されており、その内容も蕉門の他の俳人による文章と同じものも多く、おそらく後世に多くの蕉門俳諧書から抜粋・再構成されたと思われる、それが「祖翁口訣」として広まった、というのが現在の結論のようです。
なお、当館は『俳諧一葉集』が『芭蕉一葉集』と書名を代えて大正14(1925)年に出版された図書を所蔵しております。(p.513-514、10か条)
また、当館所蔵『俳書大系2:芭蕉一代集 下巻 俳諧』にも「祖翁口訣」が収録されています。(p.655-656、10か条)
国立国会図書館近代デジタルライブラリーに『俳文俳論新選』(潁原退蔵/校註 大倉広文堂 1935)にも「祖翁口訣」が収録されており、パソコンからご覧いただけます。(画面ページ:67-68/99、10か条)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1053619
以下に
1)『俳諧一葉集』について
2)それに収録されている「祖翁口訣」について
(辞典類では「12か条」となっていますが、上記で文章を確認できた3点はいずれも「10か条」でした)
3)他館での同様のレファレンス事例について
報告させていただきます。
1)『俳諧一葉集』はいかいいちようしゅう
俳諧。仏兮・湖中編。文政10年(1827)8月刊。万笈堂版。【内容】芭蕉の作品を、発句・付句(連句)・紀行・文・消息・句合評・遺語に分類し集大成したもので芭蕉全集の最初。・・・遺語之部には、『去来抄』『三冊子』などより俳論を収集している。【翻刻】『芭蕉一葉集』(勝峰普風編、昭和6年)。(『日本古典文学大辞典 第5巻』岩波書店 1984.10 p.7)
当館は『芭蕉一葉集』(勝峰普風編 紅玉堂書店 大14)を所蔵しておりますので、「遺語之部」を探しました。(p.513-)
「一 格に入て格を出ざる時には狭く、又格に入ざる時は、邪路にはしる。格に入り、格を出て、はじめて自在を得べし。詩歌文章を味ひ、心を向上の一路に遊び、作を四海にめぐらすべし。
(以下、「一」として、12か条ではなく、合計10か条が記載されています。)
右の條々祖翁口訣と云」(引用終わり)
2)『祖翁口訣』そおうくけつ
俳諧。著者・成立年代不明。『俳諧一葉集』(文政10年(1827)刊)などに所収。芭蕉遺語として伝えられた蕉風俳諧伝書。【内容】抄風俳諧を学ぶ者の心得を12か条にまとめたもので、蕉風俳諧一般に説かれる「千載不易、一時流行」の説などの他、・・・おそらくは広く諸種の蕉門伝書から抜粋した後人の著あろう。『雪の薄』(安永6年(1777)刊)には麦浪よりの聞書として掲載する。【翻刻】『芭蕉一葉集』(勝峰普風編、昭和6年)。(『日本古典文学大辞典 第4巻』岩波書店 1984.7 p.36)
『祖翁口訣』そおうくけつ
俳諧伝書。作者・成立年代等未詳。「翁曰、格に入て格を出ざる時はせばく、格に入ざる時は邪路にはしる。格に入、格を出て、初て自在得べし」以下、俳諧を学ぶ者の心得となるべき条目12箇条を示したもの。『一葉集』に「右の条々祖翁口訣と云」と付記して採録されて以来、あたかも芭蕉自ら門人に教えたところを記録したもののごとくに信ぜられてきている。しかし、その本文は、もと安永6年1777眠郎編の『雪の薄』に出ているところで、それには「亡師麦浪舎に遊し頃、正風の意といふものを写し置しが、今爰にあらはす」とあるのみで、芭蕉の口訣なる由は何ら謳われていない。また内容からいっても・・・従って、これが芭蕉の口訣に出るものでないことは明らかで、思うに、麦浪か、その父乙由かが、諸書から正風の意とすべき語を抽出しておいたものであろう。『俳書大系』その他各種の芭蕉全集・文集類所収。(『俳諧大辞典』伊地知鐵男[ほか]編 明治書院 1957.7 p.412)
3)なお参考までに、埼玉県立久喜図書館が2001年に受けた同様のレファレンス事例を、「国立国会図書館レファレンス協同データベース」にあげられていますのでご紹介しておきます。
「『格に入り格より出てはじめて自在を生べし』の出典を知りたい。松尾芭蕉の言葉かもしれない。」
http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000030688
参考資料:『芭蕉一葉集』(勝峰普風/編 紅玉堂書店 1925.9)(ページ:513-514),
参考資料:『俳書大系2: 芭蕉一代集 下巻 俳諧』(春秋社 1928.7)(ページ:655-656),
参考資料:『日本古典文学大辞典 第5巻』(岩波書店 1984.10)(ページ:7),
参考資料:『俳諧大辞典』(伊地知鐵雄/[ほか]編 明治書院 1957.7)(ページ:412),
参考資料:国立国会図書館近代デジタルライブラリー『俳文俳論新選』(2012/7/6現在), (ホームページ:http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1053619)
参考資料:国立国会図書館レファレンス協同データベース(2012/7/6現在), (ホームページ:http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000030688)
↧